マジック回顧録 その10
マジック回顧録 その10
マジック回顧録 その10
2005年9月、私は大阪にいた。
日本選手権2005の本戦に出場するためだ。





その頃の私は、「ブラフアタック」の技術を少しずつ習得し始めていた。

ブラフアタックを成功させる第一の秘訣は、「仕掛けるタイミング」だ。

相手がかなり不利な状況で仕掛けても、「ブロックしなければ、結局は負ける」と判断されて失敗する。
また、相手がかなり有利な状況で仕掛けても、「コンバットトリックを使われても優位に変わりはない。ここはあえて使わせて、手の内を引き出そう」と考えられて失敗する。

ブラフアタックが最も効果的なのは、(相手の視点からみて)戦況がやや均衡している場面だ。
この状況ではワンミスが命取りになるので、必然的に対戦相手は「安全なプレイ」を選択しがちだ。





日本選手権サイドイベントのブースタードラフトの対戦で起こった、実際の状況を紹介する。



私の場には「粗暴な詐欺師(2/2)」と「苦痛の神(2/2)」がいる状況だ。
対戦相手は、引いてきた「北の樹の木霊(6/4 被覆 トランプル)」をプレイしたところだ。

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【相手】
戦 場: 6/4(被覆 トランプル アンタップ状態)
     土地5枚(フルタップ)
手 札: 1枚(不明)
ライフ: 8点

【私】
戦 場: 2/2×2体
     土地5枚
手 札: 2枚(土地のみ)
ライフ: 14点
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さらに、私が使っているのは「赤白」の軽いアグロデッキであり、相手は「緑赤」の大型クリーチャーを擁するデッキだ。
消耗戦になれば、私が圧倒的に不利だ。

しかし、被覆つきの「北の樹の木霊」が立っている状況では殴ることも出来ない。
このとき、私の視点では「絶体絶命の状況」だが、私の手札を知らない対戦相手からすれば、「まだ油断できない状況」だ。

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粗暴な詐欺師 (2)(赤)
クリーチャー ― スピリット(Spirit) CHK, コモン
(1):あなたのライブラリーの一番上のカードを見る。
(2):あなたのライブラリーの一番上のカードを公開する。それが土地カードである場合、粗暴な詐欺師はターン終了時まで+1/+0の修整を受けるとともに先制攻撃を得る。この能力は、各ターンに1回のみ起動できる。
2/2
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苦痛の神 (2)(赤)
クリーチャー ― スピリット(Spirit) CHK, アンコモン
(X)(赤),苦痛の神を生け贄に捧げる:クリーチャー1体を対象とする。これはそれにX点のダメージを与える。
2/2
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北の樹の木霊 (2)(緑)(緑)(緑)
伝説のクリーチャー ― スピリット(Spirit) CHK, レア
トランプル
被覆(このクリーチャーは呪文や能力の対象にならない。)
6/4
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そこで私が選択したプレイは、メインフェイズに「粗暴な詐欺師」でライブラリーの上を確認してから、「粗暴な詐欺師」のみでアタックするというものだ。
(ライブラリートップは「浪人の犬師」。)
2/2が6/4に向かって殴りかかる、ブラフアタックだ。

2体ではなく、1体のみでアタックしたのには、もちろん理由がある。

ここで、もし私が2体で攻撃に参加していた場合、相手は「ブロックしなければ残りライフが4(または3)」という状況になり、もし私がそのターンに後続をプレイすれば、戦局が不利になる。
ならば、「多少の危険を冒してでもブロックすべき」と考える可能性がある。
「ブロックしなければ、結局は負ける」と思われてしまうパターンだ。

一方、「粗暴な詐欺師」だけのアタックならば、最大3点のダメージしか通らず、パワーを上げるためのマナを使えば後続クリーチャーはプレイできない可能性がある。
しかも、仮にブロックして、私が何かを持っていれば、「先制攻撃」で「北の樹の木霊」を一方的に打ち取られる可能性もある。

対戦相手からみれば、この場面で私が持っている可能性があるコンバットトリックは、ほぼ「百爪の一撃」だけに絞られる。
しかも、私のライブラリーの一番上が土地であることが絶対条件だ。
私が「百爪の一撃」以外のコンバットトリックを持っているならば、フルアタックを仕掛けているはずだからだ。


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浪人の犬師 (2)(赤)
クリーチャー ― 人間(Human)・侍(Samurai) CHK, コモン
速攻
武士道1(このクリーチャーがブロックするかブロックされた状態になるたび、それはターン終了時まで+1/+1の修整を受ける。)
2/2
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百爪の一撃 (白)
インスタント ― 秘儀(Arcane) BOK, コモン
クリーチャー1体を対象とする。それはターン終了時まで+1/+0の修整を受けるとともに先制攻撃を得る。
連繋(秘儀(Arcane)) ― あなたがコントロールする、アンタップ状態の白のクリーチャーを1体タップする。(あなたが秘儀呪文を唱えるに際し、あなたはこのカードを手札から公開して連繋コストを支払ってもよい。そうした場合、このカードの効果をその呪文に追加する。)
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結果的に、対戦相手は少考した後、「粗暴な詐欺師」の2点ダメージを通した。
私のライブラリーの一番上が土地であり、さらに「百爪の一撃」を持っている確率が低いにも関わらず、だ。

私はそのままマナをオープンにしてターンを返した。

私の手札に「百爪の一撃」がある想定のプレイをした対戦相手は、ダメージレースを仕掛けるため「北の樹の木霊」でアタックし、手札の「聖鐘の僧団(4/3)」を場に出した。

私は、彼のターンエンド時に「苦痛の神」で「聖鐘の僧団」を葬り、次のターンに「粗暴な詐欺師」と「浪人の犬師(2/2速攻)」とともにアタックを仕掛けた。

そして、数ターン後、私はギリギリの差でダメージレースを制し、勝利した。

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聖鐘の僧団 (3)(緑)
クリーチャー ― 人間(Human)・モンク(Monk) CHK, コモン
4/3
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ブラフアタックは、無数にあるブラフ技術の一つに過ぎない。

当時の私はようやくその片鱗に触れた程度だが、それでもハチメンバーの練習会で負け続けていた頃に比べれば、各段に成長していた。




しかし、それでも全国の強豪に通用するとは到底考えられなかった。

日本選手権本戦を勝ち上がるには、技術の差を戦略で埋める必要があった。



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日本選手権本戦は、構築(スタンダード)とリミテッド(ブースタードラフト)の複合競技だ。

そのうち、最も念入りに戦略を立てたのが「ブースタードラフト」だ。



私自身、リミテッドのプレイングで全国の強豪と渡り合えるなど毛頭考えていなかった。

従って、自分のプレイスキルでも勝ち上がれるようなアーキタイプを「決め打ち」する戦略をとった。

「青」決め打ちだ。

クリーチャーが複雑に交差する地上戦闘では、プレイスキルの差が如実に現れるだろう。

私が勝ち上がるには、「青」の回避能力で戦うのがベストだと考えた。





青決め打ちの理由はもう一つある。
私の考えでは、この「神河物語-神河謀反-神河救済」のドラフトで最も「決め打ちが失敗しづらい」のが青だ。



「決め打ち戦略」の性質上、最も恩恵を受けとることが出来るのは、2パック目の「神河謀反」だ。

【神河謀反カードリスト】
https://mtg-jp.com/products/card-gallery/0000007/

「神河謀反」には、青のプレイアブルなカードが多く、特に「忍者デッキ」というアーキタイプに必要なパーツが全て揃っていた。
「忍者デッキ」は、忍者さえ集められれば、他は安いパーツでも戦えるのが特徴だ。万が一、上家と色が被ったところで、必要最低限のデッキを組むことが可能だ。

但し、青決め打ちの条件として、2色目については「白」か「黒」を選択する必要がある。
「赤」と「緑」は回避能力に恵まれていないため、「忍者」と相性が悪いのだ。




ちなみに、このドラフト環境では「赤緑」が強力なカラーであった。
「神河救済」でいずれも大幅に強化されたのが要因だが、一方で青や黒は弱体化していた。

当時、日本最強のプレイスキルを持つと言われていた大礒正嗣氏が「赤緑決め打ち」を公言していたほどだ。
https://magic.wizards.com/en/articles/archive/event-coverage/%E7%A5%9E%E6%B2%B3%E3%81%AE%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-2005-09-02

この事実は、結果として私の決め打ち戦略を後押しした。




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当時のスタンダード環境は、地区予選で頭角を現した『青単トロン』がその勢力を伸ばしていた。
その頃には、福井で対戦した埼玉県人が使っていたタイプが主流となっており、アメリカ選手権で頭角を現したことから「アメリカ型 青単トロン」とも呼ばれていた。

それに対抗するべく開発されたのが、新しい『青単パーミッションコントロール』だ。
もともと『青単パーミッションコントロール』では、『青単トロン』にやや不利であったが、4枚投入された「最後の言葉」がその相性を逆転させた。
本戦では藤田剛史氏や津村健志氏をはじめ、多くの有名プレイヤーが使用したのだ。

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最後の言葉 (2)(青)(青)
インスタント
この呪文は打ち消されない。
呪文1つを対象とし、それを打ち消す。
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国別選手権の開催期間中、「第9版」が発売されたことも環境に影響を与えた。

「すき込み」がスタンダード落ちしたことで、『緑単ビーコン』等のデッキが軒並み消え去ったのだ。

また、「惑乱の死霊」がスタンダード環境に加わり、『ヴィリジアン・ラッツ』という「ハンデス・ビートダウン」が、カナダ選手権で猛威を振るった。
なんと、トップ8のうち6名が『ヴィリジアン・ラッツ』という異常事態が起こった。

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【ヴィリジアン・ラッツ】

4 貪欲なるネズミ/Ravenous Rats
4 鼠の短牙/Nezumi Shortfang
3 騒がしいネズミ/Chittering Rats
2 惑乱の死霊/Hypnotic Specter
2 ネクラタル/Nekrataal
2 鬼の下僕、墨目/Ink-Eyes, Servant of Oni
4 ヴィリジアンのシャーマン/Viridian Shaman

3 夜の囁き/Night’s Whisper
3 肉体の奪取/Rend Flesh
4 霊気の薬瓶/AEther Vial
2 真髄の針/Pithing Needle
4 梅澤の十手/Umezawa’s Jitte

2 嘆きの井戸、未練/Miren, the Moaning Well
4 ちらつき蛾の生息地/Blinkmoth Nexus
4 ラノワールの荒原/Llanowar Wastes
1 死の溜まる地、死蔵/Shizo, Death’s Storehouse
12 沼/Swamp
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惑乱の死霊 (1)(黒)(黒)
クリーチャー — スペクター(Specter)
飛行
惑乱の死霊が対戦相手にダメージを与えるたび、そのプレイヤーはカードを1枚無作為に選んで捨てる。
2/2
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しかし、結果から言えば『ヴィリジアン・ラッツ』の成功はそこで途絶えた。

このデッキは『青単パーミッションコントロール』には滅法強かったが、1枚のカードパワーが大きい『青単トロン』にはそれほど有利ではなかった。
ましてや、日本選手権には『ヴィリジアンラッツ』が苦手とする『緑単ウルザトロン』が4番目に多いアーキタイプだったため、使用者は多いものの上位には食い込めなかった。

余談だが、『ヴィリジアン・ラッツ』がカナダ選手権で大成功した理由はよく分かっていない。
一説には、「惑乱の死霊」のファンであるプロプレイヤー達がこぞって使ったため、「リミテッドの勝率が高さが影響して、上位に食い込んでしまった」との話もあるが、真相は定かではない。



一方、これらのアーキタイプのほとんどに対して有利である『赤単スライ』が日本選手権で台頭し、成功を収めた。
このデッキを使う鍛冶友浩氏がスタンダードラウンドを全勝する結果となった。



本戦では、全く新しい勢力として『白単ウィニー』も現れた。
「速いビードダウン戦略」が有効な環境であることは明らかであったし、『赤単』に対しても強いのが大きな魅力だった。






そんな中、私が選択したのは、予選と同様、『緑青ウルザトロン』だ。

『ヴィリジアンラッツ』には有利であるものの、『赤単スライ』は苦手としていた。
予選のときとは違い、メタゲームで優位な立場ではなかったかもしれない。

全国の強豪に立ち向かうには、すでに熟達したデッキを使うべきだと考えた。
予選以前からずっと使い続けてきた相棒であり、『ウルザトロン』のプレイングや理解度については、プロプレイヤーに引けを取らないと信じていた。

結果として、この選択は功を奏した。





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結果的に、私の戦績は以下のようになった。


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【1日目】
1回戦 スタンダード 勝
2回戦 スタンダード 勝
3回戦 スタンダード 勝
4回戦 ブースタードラフト 勝
5回戦 ブースタードラフト 負
6回戦 ブースタードラフト 負
7回戦 ブースタードラフト 勝

初日戦績 5勝2敗

【2日目】
8回戦 ブースタードラフト 負
9回戦 ブースタードラフト 負
10回戦 ブースタードラフト 勝
11回戦 ブースタードラフト 勝
12回戦 スタンダード 負(ドロップ)
13回戦 スタンダード -
14回戦 スタンダード -

最終戦績 7勝5敗で棄権
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「スタンダード構築ラウンド」の戦績は悪くなかったが、やはり「ブースタードラフト」が鬼門だった。

かなりの練習を積み、入念に戦略を立てたが、それでも強豪の海を渡りきるには力不足だった。




第1ドラフトと第2ドラフトの「ピック」については、ともに「青決め打ち戦略」が功を奏した。

いずれも理想通りにピックが進み、かなり強い「青白飛行」と「青白忍者」を組むことができた。

残念ながら、それでもプレイスキルの差を埋めるには至らなかったのだが。






緊張もあった。ミスもあった。後悔もあった。


それでも、全力を出し切った。


私はそう自分を納得させ、北陸に帰るのであった。







その1ヶ月後には、大型エキスパンション「ラヴニカ:ギルドの都」の発売が迫っていた。








次回、【さらばウルザトロン】に続く。

コメント

nophoto
わっちー
2020年6月7日22:58

ブラフアタックの話、すごく面白かったです。こういうブラフの思考過程が言語化される事って殆ど無いので、勉強になりました。

ヴィリジアン・ラッツ、懐かしいですね。私も当時使ってました。このデッキがカナダ選手権を席巻した経緯、ほぼ書本文に書いておられた通りだと思います。ただ、ちょっと補足を。

9版出る前ですが、この年のインビテーショナルで黒単ネズミが全勝しました。しかし黒単ゆえ、相手の十手やヴィダルケンの枷で沈黙する欠点がありました。それの改善策としてタッチ緑したヴィリジアン・ラッツをAntonino DeRosa氏が下記記事で提唱し、tier2~3くらいに流行りました。
エイチテーテーピーエス://magic.tcgplayer.com/db/article.asp?ID=5361

さて、9版発売。目玉カードである惑乱の死霊の再録に沸いたわけですが、このカードの受け入れ先として、既に実績のあったヴィリジアン・ラッツが選ばれたわけです。デッキの立ち位置的な理由ではなく、単純にヒッピーが強い(と思われてた)ので、環境最初期のカナダ選手権でチョイスされたのだと考えられます。

ひとみしり
2020年6月8日17:03

おお!
確かにインビテーショナルでネズミが勝ってて、「なんでこんなデッキが勝ち上がっとるんやろ」って訝しんだ記憶があります。
なるほど、ヒッピー登場前にその原型があったんですね。

リンク先のサイト、デッキリストも載っているので大変分かりやすいです。
日本語サイトじゃ、この時期のデッキリスト探すのも一苦労なんですよね・・・。

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